大型バイク用サドルの
開発プロジェクトがスタート。

2019年のある日のこと、タイにあるイノアックの現地法人「IWCT」に出向していたひとりの営業社員のもとに、1本の電話が入った。とある日系部品メーカー(以下A社)のタイ事業所からの、バイク用サドルパッドの開発依頼だった。
A社は自動車やバイクなどのシート部品を生産している日本のメーカーで、イノアックのパッド素材を採用していただいている、いわゆるイノアックのお客様にあたる企業であった。
「ドイツのバイクメーカーさんから、大型バイクをモデルチェンジするにあたって、サドル生産のコンペを行うので参加してほしい、という連絡をいただいたんですよ」
A社は、このドイツのメーカーとはこれまでに取引実績がなかったため、今回のコンペは新しく取引をはじめるための大きなチャンスだった。イノアックがパッド素材を開発し、A社がサドルに加工して仕上げる。そんな形でタッグを組んでコンペに参加したいとの意向だ。
「ぜひやりましょう! いっしょに必ず勝ち取りましょう!」
こうして、大型バイク用サドルの開発プロジェクトがスタートした。

何をもって「同じ」とするか?

このプロジェクトには、イノアック内のメンバーとして、営業担当者を中心に、タイIWCTの技術メンバー、日本のイノアックの技術メンバーが参加する。さらに、原料をカナダでイノアックと合弁会社を設立しているWoodbridge社が供給することになったため、カナダの合弁会社の技術メンバーも参加することになった。また、A社のメンバーとしては、電話をかけてくださったタイの営業担当者以外に、タイの技術メンバー、日本の技術メンバーが参加する。コンペを開催するお客様企業はドイツメーカーであるため「タイ×カナダ×日本」で「ドイツ」企業に提案するというワールドワイドなプロジェクトとなった。
今回のコンペでは、「現行品と同じ物性・フィーリングのサドルを再現してほしい」という要望が提示されていた。そのため、プロジェクトメンバーがまず取り組んだのは、現行部品に使用されているウレタン製サドルパッドの解析だった。しかし現行サドルのスペックは明示されておらず、物性についての具体的な数値はわからなかった。目標とするデータがあれば、それと同じ物性の素材をつくることは、イノアックの技術力をもってすれば充分可能なのだが、数値目標がない状態で現物をもとに素材の物性を合わせることは、実はそう簡単なことではない。 ウレタンの配合方法には無数のバリエーションがある。使用している原料などについて何の情報もない状態で、他社がつくった素材とまったく同じ原料、まったく同じ配合比率を膨大な選択肢の中から探り当てるのは、限りなく不可能に近いのである。さらに一言で物性といっても、硬さ・伸縮性・密度・反発力など、あらゆる項目が考えられる。何をもって同じ物性の素材とするのか、一意的な答えは存在しないのだ。
「難しい条件だが、やるしかない」
さっそくプロジェクトメンバーが情報収集に動いたところ、現行のパッドがスペインで生産されているという情報を入手した。すぐに現物を取り寄せて、さまざまな測定を行った。そして長年にわたって培ってきたイノアックの知見を総動員し、原料の配合比率や発泡方法を調整して何種類もの試作品をつくり、測定結果で得た数値に徐々に近づけていった。
質感や触感など、人の感覚に頼らなくてはいけない部分については、メンバー全員で何度も触り心地などを比較しながらすり合わせていく。そんな地道な作業を続ける日々が続いた。

見えないところも美しく。

「おお、これじゃない?」
「まったくといっていいほど同じフィーリングだと思う」
「現行品よりもいい気がする」
試行錯誤を何度も繰り返した結果、ついに現行品にほぼ等しいと思われる物性・フィーリングにたどり着くことができた。しかし、開発はまだ終わらなかった。
「パッドの物性は文句ないところまで来たが、もう少し見栄えを美しくすべきだ」
そんな意見が出たのである。今回イノアックが担当するサドルパッドは、サドル内部に使用されるクッションだ。そのパッドはカバーで覆われるので、パッド自体が人の目に触れることはない。
「最終的には見えなくなるサドルパッドの見栄えにこだわる意味が、果たしてあるのだろうか」
そんな疑問が湧き上がったが、すぐさま考えを改めた。見えないところにまでこだわってこそ本物だ。
「よし、どうせやるならパーフェクトをめざそう!」
すぐに技術メンバーが改良に取り掛かった。サドルパッドは、金型の中で発泡するモールド成形という方法で生産されるが、金型の切れ目の位置に「パーティングライン」と呼ばれる筋が発生してしまうことがあるのだ。このパーティングラインをできるだけ目立たなくするため、金型の設計を見直すとともに、ウレタンの表面処理方法の微調整を行い、最後の最後まで改良を続けた。
そしてついに、物性だけでなく見栄えも完璧なサドルパッドが完成した。
メンバー間で何度も意見や感覚のすり合わせを行う必要があったこのプロジェクトにおいて、営業の役割は非常に重要だった。彼はプロジェクトをまとめるために、イノアック社内のメンバーとA社との橋渡し役を務めていた。タイ・カナダ・日本、それぞれのメンバーに熱い想いがあり、こだわりがある。それらをうまく調整し、融合し、昇華させていくのだ。
また、メンバー同士でミーティングする際は、基本的には英語が使われる。そこにときおりタイ語と日本語が交わるのだが、英語と日常会話程度のタイ語ができた彼は、ときには通訳の役も果たしていた。
さらに、見積もりの作成にも奔走した。コストが低減できるところを徹底的に洗い出し、少しでもコストを下げられるように調整を続けた。
「やれることはすべてやった。あとは天命を待つのみだ」
彼は心地よい疲労感とともに、大きな満足感を覚えていた。

大きな仕事は、
やりがいも大きい。

ドイツのバイクメーカーへの提案が終了したとほぼ同時に、彼のタイでの出向期間も満了となった。そして彼は日本に帰国した。
その後1ヶ月ほど経ったある日、彼は一本の電話を受けた。
「やりました! おかげで受注できました。本当にありがとうございました!」
それは、タイにいるA社の役員の方からの電話だった。
「本当ですか! こちらこそありがとうございました!」
彼は、世界を相手に大きな仕事をやり遂げた達成感と、受注獲得の喜びを噛み締めた。
現在彼らが開発したサドルは、お客様であるドイツのメーカーの大型バイクに取り付けられ、世界各国に輸出されている。
イノアックのグローバルなモノづくりを支えるのは、グローバルに活躍する一人ひとりの社員である。
大きな仕事は、やりがいも大きい。

この人のココが

化けモノ

部下から見た人物像

折れない心牽引力スゴイ!

とてもおおらかな性格で、誰にでも気さくに話しかけてくれる親しみやすい上司です。どんなに自分の仕事が忙しくても、明るくみんなをリードしてくれます。トラブルがあっても常に前向きで、落ち込んでいる姿を見たことがありません。同じ営業職として「折れない心がすごいな」と常々感じています。

Career Step

これまで

PAST

1年目

日本の自動車メーカー担当として、さまざまな自動車部品の営業を担当。

18年目

タイの現地法人「IWCT」に出向。欧米系や中国系など、世界中の自動車メーカーに営業活動を展開。

23年目

日本に戻り、再び国内の自動車メーカーの営業を担当。

PRESENT

グローバル自動車関連事業本部
第一営業部/シートグループ

これから

FUTURE

メンバーをうまく導いていける
チームのまとめ役に。

関わる人たちが円滑にコミュニケーションをとれる環境づくりは非常に重要です。チームのまとめ役として、お客様はもちろん、社内スタッフからも頼りにされる存在になっていきたいです。いつかまた海外に出たいとも考えています。

ONとOFFで化けるけど、どちらもワタシ。 ONとOFFで化けるけど、どちらもワタシ。
多角的な視点で物事を考える。

お客様の立場はもちろん、技術者の立場や経営者の立場、パートナー企業の立場など、多角的な視点で物事を考えるよう心がけています。

みんなで和気あいあいと楽しむ。

ゴルフとジョギング、映画鑑賞が趣味です。写真は、タイでIWCTの仲間と食事に行った際のものです。みんな本当に明るくて真面目ないい人ばかりでした。