私たちの実践の軌跡

History

革新と実践を繰り返しながら、素材と技術の力で世界へと事業を広げてきた100年。 気がつけば、私たちの製品は世界中の人々の暮らしのさまざまな場面で息づいています。 これまでも、これからも「素材で暮らしを豊かにする」を胸に、私たちは歩み続けます。

1920s

1926

創業 − 井上護謨製造所の誕生創業 − 井上護謨製造所の誕生

井上護謨工業株式会社の前身である井上護謨製造所を、愛知県名古屋市熱田区に設立。自転車用タイヤ・チューブの生産を開始しました。 ※写真は創業の原点となった井上本店

1927 東京上野~浅草間に日本初の地下鉄が開通

1934

海外輸出開始 − iRCブランドの拡大海外輸出開始 − iRCブランドの拡大

1934年、iRCブランドのタイヤ・チューブの海外輸出を開始。国内需要の拡大にとどまらず、市場をアジアへと広げたことで、国際事業の柱が確立されていきました。製造から物流、販売網の整備まで総合的な供給体制を構築し、その後のグローバル展開の礎となりました。

1936 第11回ベルリンオリンピックが開幕

1938

井上護謨工業株式会社 設立

法人組織として井上護謨工業株式会社を設立。工業用ゴム製品の生産を開始しました。

1950s

1954

エム・テー・ピー化成株式会社 設立

ドイツ・バイエル社との技術提携により、エム・テー・ピー化成株式会社を設立。 社名のエム・テー・ピー(MTP)は、技術導入したウレタンフォームの名称「モルトプレン(MOLTOPREN)」に由来しています。

1955

日本で初めてウレタンフォームを生産開始

日本初となる当社のウレタンフォームはマットレスやスポンジ、断熱材にとどまらず、 自動車部品やインフラ、土木分野など、さまざまな用途へと展開していきました。

1958 フラフープが世界的に流行

1959

透明ナイロン製哺乳瓶を開発

スリランカに海外初の合弁会社を設立

スリランカに海外初となる合弁会社を設立。本格的な海外展開の第一歩を踏み出しました。 合弁会社という形態を選んだ背景には、単なるビジネス上の判断だけではなく、現地の文化や価値観を深く尊重し、パートナーとしてともに発展していける関係を築きたいという、創業者の強い思いがありました。その理念こそが、海外での事業を力強く支える礎となっています。 この理念はその後の海外展開にも受け継がれ、各地で現地パートナーとの協業を通じた事業展開へとつながっていきました。

1960s

1960

自動車部品事業へ進出

ウレタンフォームが日本で初めて自動車内装部品に採用され、自動車部品事業への第一歩を踏み出しました。

1963 日本初の高速道路 名神高速道路が開通

1964

新幹線の鉄道車両に『フォームライト』が採用

1964 日本初の高速鉄道 東海道新幹線が開通 東京オリンピックが開催 自動車の個人所有が増加

1968 川端康成がノーベル文学賞を受賞

1970

東南アジアへの進出を本格化

タイに合弁会社を設立。しかし、その直後にオイルショックが発生し、原料調達が極めて困難な状況に陥りました。そうした中、いち早くグローバル化を推進し、独自のネットワークを築いていた当社は、あらゆるルートと人脈を駆使して原料を確保。その対応が信頼獲得につながり、東南アジアへ本格進出する大きな足がかりとなりました。

1970 大阪万博が開幕

1972 沖縄が本土復帰

1973 第一次オイルショックが発生

1973

家具分野へ進出

ドイツの家具メーカーであるフクラ社と老舗百貨店との3社合弁により、高級家具の製造・販売を手掛ける日本フクラ株式会社を設立。家具分野へ進出を果たしました。

1978 新東京国際空港(成田空港)が開港

1979 第二次オイルショックが発生

1979

ウレタンフォームの原料となるポリオールを、
原油由来ではなくパーム油由来で合成することに成功

1980s

1980

「INOAC」誕生

井上護謨工業株式会社の工業用ゴム・プラスチック部門とエム・テー・ピー化成株式会社が合併し、井上エムテーピー株式会社を設立。グループの統一ブランドとなる「INOAC」が誕生しました。 この合併は、市場ニーズの拡大を背景に、素材ごとに会社を分けるのではなく、技術開発から生産、販売までを一体化したサービスの提供を目指して実施されました。また、特定の分野にとらわれることなく、社会の変化に対応しながら新たな事業へ積極的に挑戦し続けるという想いを込め、社名から「化成」や「工業」の文字を外したとされています。

建材分野へ進出

建築用難燃断熱材「サーマックス」の生産を開始し、建材分野へ進出しました。

1981 アメリカ向け乗用車輸出に自主規制が導入

1982

紙おむつのウエストギャザーにウレタンフォームが採用

OA分野へ進出

FAXやコピー機などに使用される紙搬送用ゴムローラーの生産を開始し、OA機器分野へ本格進出しました。

1982 東北新幹線が開通

1985

北米への進出を本格化

カナダに合弁会社を設立し、自動車内装部品の現地生産に向けた準備を開始。米国向け自動車輸出に自主規制が導入されるなか、海外での生産体制づくりを進め、北米での事業基盤を築きました。 その後、アメリカに中核拠点を設立して北米展開を本格化し、自動車部品の生産体制をさらに強化していきました。

1987 国鉄が民営化されJRが発足 利根川進が日本人初となるノーベル生理学・医学賞を受賞

1989 昭和天皇が崩御し平成時代が始まる 日本初の大型間接税となる消費税が導入

1990

株式会社イノアックコーポレーションに社名を変更し、
CI(コーポレートアイデンティティ)をリニューアル

これまでもグループブランドとし使用してきた「INOAC」を新たに社名として採用。あわせてCIも刷新し、社名、ブランド名称、CIの統一を図りました。 また、社名の由来である「INNOVATION & ACTION」の精神を掲げ、その一環として自由闊達なコミュニケーションの促進を目的に、社内では役職名ではなく「〇〇さん」と呼び合う文化が推奨されました。

1990 バブル経済が崩壊 東西ドイツが統一

現場発泡ウレタンを活用した軽量盛土工法『R-PUR工法』を
世界で初めて実用化

1991

イノアック技術研究所を開設

新規材料開発を目的として、神奈川県秦野市に株式会社イノアック技術研究所を開設しました。

1993 欧州連合(EU)が発足

1994

中国への進出を本格化

中国に化粧品容器製造会社、OA機器部品製造会社を設立。

1994 関西国際空港が開港

1995 阪神・淡路大震災が発生 地下鉄サリン事件が発生

2000s

2000 アメリカ同時多発テロが発生

2002 EU域内12か国で共通通貨ユーロの流通が開始

2003 個人情報保護法が成立し、住民基本台帳ネットワークが本格稼働

2004

地中熱交換システム用パイプの開発製造

2011 東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故が発生

2015 国連で持続可能な開発目標(SDGs)が採択

2017

株式会社イノアック琉球を設立

1960年代以降、事業の成長とともに日本全国へグループ会社の輪を広げてきたイノアックグループ。各地域に根ざしながら事業を展開し、国内グループ会社は現在30社以上にのぼります。 2017年には、そのあゆみの新たな一歩として、グループ初の沖縄拠点となる「株式会社イノアック琉球」を設立しました。

名古屋市に神野R&Dセンター設立

2018

名古屋本社に新社屋を増築

2018 働き方改革関連法が成立

2019 消費税率が10%に引き上げ

2021 東京オリンピックが開催

2026

ケミカルリサイクル技術による再生ウレタンフォーム
『rePURous™(リピュラス)』を開発

12月
イノアックグループ 創業100周年

セカイの、ミライの、イノアック。 セカイの、ミライの、イノアック。

イノアックは、ウレタン・ゴム・プラスチック・複合材を手掛ける高分子素材メーカーとして、 ものづくりを支える素材と技術を通じ、世界から必要とされるグローバル企業へと成長してきました。 次の100年も、世界の、そして未来のものづくりを支え続けます。